クリストファー・ノーランの「インターステラー」(INTERSTELLAR)(一部ネタバレあり)

一球入魂で映画を見る前には、その映画に関する情報をすべて見聞きしないようにしているが、ひょっとして、がっかりだった「アルマゲドン」のような映画なのかと思った時もあったが、月とすっぽんの素晴らしい映画だった。

 SF映画の金字塔として著名な「2001年宇宙の旅」は何回か見ているが、見るたびに、モノリスに象徴される一神教を崇めているところに心底納得できないものがあった。「インターステラー」では、初めは「誰か」が作ったことになっているが、後半で「誰か」が明らかになることで、自分にあったわだかまりが払拭された。このため、個人的には、「2001年宇宙の旅」を軽く乗り越えたと感じた。また、昨年末に見た「ゼロ・グラビティ」も素晴らしい映画だったが、最後があっけないところに不満が残ったが、「インターステラー」は最後に大きく盛り上がりを見せ、感動させられた。主人公(マシュー・マコノヒー)が自分の家の部屋を見るシーンに「ロボコップ」を思い出したが、初めは恐ろしく感じた人生のライブラリ空間も、次第にその映像の美しさに魅せられた。また、「メメント」に始まり、前作「インセプション」にもあった意識の時間のずれも、今回は一般相対性理論を用いて、再度出現させているところも憎い。

さすが、クリストファー・ノーラン.........。クリちゃん、素晴らしい映画をありがとね(「信長協奏曲」の小栗旬風)。

 そして、来年3月の、現在のコンピュータの基礎となるチューリングマシンで有名なアラン・チューリングを描いた「イミテーション・ゲーム」と、同年12月の「信長協奏曲」のロードショーを今から待っている。